俺の母が魔法使いだったという事をちゃんと聞いたのはカジキさんの下で働き始めてから二
ヶ月くらい経ってからのことだ。
 確かに俺の家には昔から妙な本があったりした。それを読もうとする度に母さんは厳しく叱
ったっけか。
 でも子供心にはそんなもの『ただ触れてはいけないもの』程度にしか思わず、物心ついた時
には、せいぜいおかしな趣味程度にしか思わなかった。
 カジキさんによれば、母さんはソロモン教と呼ばれる宗派の魔術師だったそうだ。
 母さんが触れてしまった禁忌、というものについてカジキさんに訊ねてみた。




「初めに言っておくと、九条が此れを知る必要はカケラも無い。興味本位から知りたいという
のであれば悪いことは言わない、止めておけ」
 そう釘を刺されたが、母さんを殺したのはそのソロモン教とかいう連中だから無関係ではな
い。別に復讐がしたい訳じゃない。では何故だろう? あえて理由をつけるとすれば未練とい
うものだろうか。
 とにかく俺は、知っておかなければ色々な面で先へ進めないと、そう思った。

「判った。ではソロモンという存在についての説明は省き、必要なことだけを話そう。
 ソロモン教と呼ばれる連中が禁忌として扱う項目は一つ、『ソロモンの鍵』だ。
 彼女、九条冴子が行おうとしたと思われる、『ソロモンの鍵』は紀元後一年前後に存在した
と言われる稀代の魔法使いソロモンによって生み出された魔術。ソロモンの鍵は魔術として伝
承されているが、実態はその魔術の内容を記した魔導書のことだ。
 そこに記されているのは、七十二体にも及ぶ悪魔の召還術式。俗に、七十二柱の悪魔と呼ば
れている。七十二体の悪魔は、いずれも絶対的能力を備えた一級品。一体でも召還に成功した
術者は世界を治めるとさえ言われる程だ。
 九条冴子がソロモンの鍵を使用したかどうかは判らないが、まず大元の認識を正さねば成ら
ない。
 そもそもソロモンの鍵なる魔術、及び魔導書は存在しないとされている。存在しない魔術が
使える筈もなく、では一体九条冴子は何の禁忌に触れたのか? 私の推測はここで止まってい
る」
「そのソロモンの鍵っていう魔術、本当に存在しなかったんですか?その割には随分詳しい情
報があるみたいですけど。俺やカジキさんの例をとっても、一概に無いとは言い切れないので
は?」
「そうだな、その疑問は尤もだろう。まぁ言ってしまえば聖書、聖典と同じ。ソロモンの鍵と
いう魔術そのものが崇拝すべき偶像、私の大嫌いな偶像崇拝ってやつだ。実在するかどうかは
問題じゃないのさ」
 となると、益々納得がいかない。母さんは…存在しない妄想や想像のルールによって無意味
に殺されたということになる。
「私の方でも調べてみるけど、仕事の片手間にな。お前はあまり考えすぎるな、決めたんだ
ろ? 価値ある生を送ると」




 件の後、普通に生きたければ二十四時間肌身離さず付けてろと言われ、カジキさんから貰っ
たシルバーの指輪に小さく映りこむ浮かない顔。
 判っている、判っているさ。

「ただいまー! 九条ォォ、今度こそ…負けない…!」
 ドアをぶち破って入ってきた同居人。その手には弁当が三つ。
 俺と彼女、詩崎夜は同じような身の上だという。簡単に詩崎夜のスペックを説明すると、無
駄に明るい、馬鹿、面倒くさがり、以上。
「じゃーんけーん! ぽい!」
 なんでえええええ!? と叫ぶ馬鹿を、知るか、と一蹴。さっきからこの不毛な仕事分担ジ
ャンケンを幾度となく繰り返している。
 掃除、お使いなど雑用が主で、負けたほうが一つずつこなすというもの。今のところ提案者
である詩崎が全敗。別に律儀にやらんでもいいのに、意地張って一人で雑務をこなしている。
「いつか…死なす…!」
 元気良く事務所を飛び出していく律儀馬鹿。次なる任務は隣町まで届け物ですか、ご苦労様
です。合掌。





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